昨日の「今日のそら犬」日記で読者様からチベットについてのレスをいただいたので、
サラリーマン時代に社内報(某上場企業の社内報なのでかなり読者がいました)に
掲載されたものを書いてみます (何枚か未公開画像を普通でないに公開します)
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祈りの大地 チベット
チベット TIBET 西蔵・・・・皆さんはどんなイメージを抱いているのだろうか?
ダライラマ、五体投地、マニ車、ヒマラヤ山脈、ヤクの群れ・・・・・・?
現在のチベットは地理のお勉強的には、中華人民共和国の自治区であるが、
歴史・文化的には間違いなくひとつの独立した国である。
誌面も限られているので、今回のチベット一人旅の中から、鳥葬を題材に、
この奇妙なマイノリティの生き方について考えてみる。
2002年5月1日、今回ベースの聖都ラサを出発して三日目。気圧、酸素ともに
平地の約半分という苛酷な環境の中、バックパックに体をきしませながら標高
4,500mにあるディコン寺を訪れた。鳥葬場は裏山に有り、ちょうど生後間もない
赤ん坊が毛布に包まれて運ばれてきた。
僧侶は何やら唱えると、大きなナタのようなものでバスンバスンとあっという間に
切り刻み、ハゲタカの群れの中に投げ入れる。空からも無数のハゲタカが舞い降り、
ほんの数秒で肉体は跡形も無くなった。
(大人の場合、棒の先に石のついた道具で叩き潰し、ミンチ状にするらしい。)
不思議なのは父親と思われる人が終始にこやかなこと。
日本人的には亡骸を切り刻んで鳥の餌にするだなんて到底理解できないのだが、
チベタン的には魂はすでに天に昇っていて、ここにあるのはただの肉の塊。
であれば何かしらの役に立ったほうがいいという考えらしい。
(火葬をするほど資源がないというのも理由だが・・・)
随所にチベタン特有の「利他」 (人の為に尽くすことが自分の現世来世の幸せに
つながる)の思想が見える。
そういえば、チベットでは小さな虫も大きなヤクも命の重さに変わりは無いので、
より多くの人のお腹を満たせるヤクなどを好んで食べる。そんな考えからか、
チベタンは小魚はあまり食べない。ひと一人のおなかを満たすのに多くの命が
犠牲になるからだ。
鳥葬の強烈なインパクトで一つ気づいた事がある。インドのカルカッタで羊を
生け贄として首を落とすのを見たが、今回『鳥葬に比べれば・・・』と思ってしまった。
どちらも一つの命なのだが、無意識のうちに自分の中に命の尊さに対する序列が
出来ていたことに愕然とする。
この祈りの大地は、求めるならば色々なことを気づかせ、学ばせてくれるようだ。
チベット・・・・・・
それは、天空の楽園か、厳寒・不毛の大地なのか・・・
その答えは、向き合うあなた自身の中にある。
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いかがでしたでしょうか?
数年前の寄稿なので時代・政治的背景に変化もありますがご寛容ください。
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